実在した悪名高い女ギャング15選



実在した恐るべき女ギャングスタ15人のご紹介。男勝りってレベルじゃない…

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No.1 Stephanie St. Clair(ステファニー・セント・クレア)
 

 
ステファニーは、1920年代の禁酒法時代、アメリカ・ニューヨーク州ニューヨーク市のハーレム地区で数多くの犯罪行為を行ったギャング組織のボス。彼女は主に、違法薬物の売買や闇賭博などを行う違法クラブを経営するなどの犯罪行為を行っていました。しかしその一方では、自身が酷い人種差別を受けた経験から、黒人の地位を向上させようとする活動なども行っており、また、自身が目撃した警察の不当な暴力行為を地元メディアを通じて告発するなど、一部の人間からは正義の活動家としてもその名を知られていました。
 
No.2 Arlyne Brickman(アーリン・ブリックマン)
 

 
売春婦として生計を立てていたアーリンはある日、Bugsy Siegelというギャングと出会い恋仲になりました。それからはマフィアの経営するナイトクラブに出入りするようになり、後に違法薬物の売買に手を出してしまいます。組織に忠誠を誓っていたアーリンでしたが、組織は彼女のことをそれほど重要には考えていませんでした。ある日アーリンはギャングから性的暴行を受けますが、仲間であるはずのギャング団員は、彼女が”ユダヤ人”であったことから彼女を助けようとはしませんでした。
 
それから8年後、ヤミ金融から”ローンの支払いをしなければ娘に性的暴行を加える”と脅されたアーリンは、情報提供者としてFBIに協力することを条件に、政府からの資金援助と減刑を得ました。その後約10年間、下着や財布の中にマイクを隠しては、ギャング組織の内情を知らせるなどし、多数のギャング組織の逮捕に貢献しました。
 
アーリンの危険すぎる裏切り行為に、警察は彼女に「証人保護プログラム」への参加を勧めましたが、彼女はそれを拒否しました。その理由を「それは最も早く殺されるための方法だから」と語っています。
 
No.3 Enedina Arellano Felix(エンディーナ・アレラーノ・フェリックス)
 

 
エンディーナはメキシコの麻薬組織「ティファナ・カルテル」の元リーダー。彼女は表立った抗争などには姿を現さず、巨大な人身売買組織などと提携して大金を稼いでいたのだとか。彼女の素性については情報が少なく、婚姻状況なども不明。しかし、彼女のような存在は、麻薬カルテルの世界において女性の地位が向上しつつあることを示していると考えられています。
 
No.4 Rosetta Cutolo(ロゼッタ・カトーロ)
 

 
ロゼッタはイタリア4大マフィアの1つ「Camorra(カモッラ)」のボス。しかし、組織に関する指示のほとんどは、獄中にいる前ボス「Raffaele Cutolo(ラファエル・カトーロ)が出していました。
 
彼女はとても大胆な性格をしていたといい、警察本部を爆破しようと試みたこともあったそう。彼女は10年以上も警察から逃げる逃亡生活を続けましたが、最終的には「私は逃亡者でいることに疲れた」と話し降伏しました。
 
No.5 Griselda Blanco(グリセルダ・ブランコ)
 

 
グリセルダの犯罪人生は、彼女が幼い頃から始まっていました。彼女は年端もいかない頃から売春婦として働き、11歳の頃には初めて殺人を犯しています。彼女と恋人になった男性は必ず殺害されてしまうことから、彼女には「Black Widow(クロゴケグモ)」というあだ名が付けられ恐れられていました。
 
彼女は70年代から80年代にかけてコカインの密輸で大金を稼いだと言われており、その裏では、彼女が関与している殺人事件が200件以上も発生していたと噂されているそう。2012年にコロンビアで義理の娘と買い物をしていたところ、見知らぬ人物から2発の銃弾を浴びせられ、暗殺されました。
 
No.6 Archana Sharma(アーチャーナ・シャーマ)
 

 
彼女と同姓同名の有名女優やモデルが実在していますが、混同してはいけません。彼女はインドのギャング組織「Babloo Srivastava」のメンバーの1人です。彼女は長い間、警察の追跡を逃れてきましたが、一説にはライバルのギャング組織によって殺害されたとも考えられています。
 
No.7 Phoolan Devi(プーラン・デーヴィー)
 

 
プーランは通称”盗賊の女王”として知られたインドの有名な盗賊。幼い頃から両親による虐待を受け、11歳の頃に結婚させられた相手からも虐待された後に家を追い出されるなど、不当に虐げられる日々を送っていたプーランはある日、とある盗賊団に誘拐され、そこのボスの愛人にされました。
 
すると、同じカースト出身だった盗賊団メンバーの1人「ヴィクラム」と意気投合したプーランは、ヴィクラム共にボスを殺害。2人をトップとする盗賊団を結成し、数々の凶悪犯罪を行うようになっていきました。
 
しかし、後に部下に裏切られたヴィクラムは殺害され、プーランは敵対していたギャング組織に性的暴行を加えられるなど、辱めを受けることとなりました。しかし、ここでもプーランは別の有力な盗賊団のボスによって助けられます。その後は自身を襲った敵対組織にも残忍な復讐を果たし、彼女らの盗賊団の名はインド中に知れ渡りましたが、2年間の逃亡生活を送った後に逮捕されました。
 
1994年に釈放された彼女はそれから、政治家として活動するようになりました。そして釈放から7年が経過した2001年、彼女はかつて敵対していた盗賊団のメンバーに射殺されました。
 
No.8 Claudia Ochoa Felix(クラウディア・オチョア・フェリックス)
 

 
クラウディアは、通称”ギャング組織のキム・カーダシアン”と呼ばれています。彼女は億万長者らしいライフスタイルをインスタグラムで堂々と公開していますが、彼女はれっきとした”ギャング組織のボス”なのです。
 
彼女がボスとなった経緯は、同ギャング組織の元ボス「ホセ・ロドリゴ・アレシガ・ガンボア」が逮捕されたために、彼と恋人関係にあったクラウディアがボスの座を引き継いだのだと考えられています。かつては人身売買組織でリーダーを務めていたという彼女のインスタグラムでは、ピンク色にカスタムされた自動小銃や、札束の上で眠る彼女の息子の写真などを見ることが出来ます。
 
No.9 Bonnie Parker(ボニー・パーカー)
 

 
ボニー・パーカーとは、恋人のクライドと共に数々の凶悪犯罪を行ったことで知られる女ギャング。
 
ボニーは16歳の頃に高校の同級生と結婚しましたが、彼女が19歳の頃に夫が銀行強盗の容疑で逮捕され、この頃から離婚を考え始めました。結局籍を外すことはなかったものの、20歳の頃にクライドと出会ったボニーは、危険な雰囲気を漂わせる彼に一目惚れし、それ以降は彼と行動を共にするようになります。
 
強盗団「バロウ・ギャング」という組織のボスであったクライドは、メンバーの中でも常にボニーと共に行動していました。犯行におけるボニーの役割は、逃走用の車を準備し運転することが主だったそうで、彼女が警官に対して銃を発砲するということは滅多になかったといいます。
 
アメリカ各地を転々とし犯罪行為を行っていったボニー達でしたが、やがて逃亡生活にも限界が訪れ始め、次々と仲間を失っていきます。そして1934年のとある日のこと、警官隊の待ち伏せに合い、乗っていた車両ごと機関銃の弾を浴びせられ射殺されました。
 
ハチの巣にされてしまった、当時最新の性能を誇っていた乗用車「フォードV8」

 
極悪非道な行為を繰り返してきたボニー達でしたが、当時には彼らを英雄視する声も挙がっていたのだそうで、実際に、ボニー達を匿ったことで起訴された者の人数は20人を超えるのだとか。
 
「ボニーとクライド」の名で知られた2人の波乱の人生は、幾度となく映画や小説の題材にされるなどしており、それらの物語は世界中で人気を博しています。
 
via:therichest

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実在した悪名高い女ギャング15選 への1件のフィードバック

  1. 名無し 2017年7月6日2:36 AM

    全員ノーサンキュー

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